L寄りBの本棚。

バイセクシャルだったけどだんだん男性に興味がなくなったレズビアン(L寄りB)がLGBTを題材にした小説や漫画について一丁前に語るブログ。

【LT小】『ジゴロ』中山可穂

はっきり言って、この人の最近の小説は読んでいない。というか、新刊が出ているのを知らなかった(要するにチェックするのを忘れていた)。久しぶりに名前を検索してみて、宝塚シリーズなるものを手がけているのを知ったが、読みたいかと言われたら微妙なところである。昔のビアンものは何冊も読んで今も持ってるし、本を処分する気にもならないのだけど、新しい本を読みたいかと言われたら、うーんという感じである。なんでしょ、これは。

 

さて、久しぶりに古い中山可穂の小説でも読んでみるか、と手を取ったのがこの『ジゴロ』だった。

 

なるほど、今分かった。私は中山可穂の長編はあまり読みたくないのであった。短編なら気軽に読める。まあ、私が仕事で疲れていることもあるが、それを差し引いてもこの人の長編は…うーん。

一方でこちらの短編集はなかなか佳作ぞろいで、一番のお気に入りは「恋路すすむ」である。この本の他の短編は主人公がカイという、もてるビアンのストリートミュージシャンなのだが、「恋路すすむ」だけは主人公が小百合になっている。

小百合はFTMであり、容姿は美しくないらしい。しかし、小学生のときにラテンバンドの演奏に魅せられ、高校生のときにラテンバンドを結成、その後、「恋路すすむ」の芸名でデビューする。デビュー曲「くちなしのタンゴ」はラテンミュージックとしてはまずまずの売り上げをおさめ、小百合はCMにも起用されるようになるが、父親(暴力団組長)の葬儀の喪主を務めているところを週刊誌に撮られてドサ回り人生が始まる。

…というのが小百合の前半生なのだが濃すぎである。しかし、彼は周りの親切な大人達のおかげで好きなものに熱中して生きられているのであり、かなり幸せな部類ではないか。

彼はおそらく1960年前後生まれだ(小学生のときに天地真理小柳ルミ子が流行っていたかのような記述と本作初出が2001年であり、「四十代に足を踏み入れた」との記述があることから推定)。その世代のトランスジェンダーは強い風当たりを体験していると思われるのだが、あまりそういう記述はない。周りの大人(主にバンドメンバー)の理解もあったようで、恵まれた存在といえよう。

そんな彼が歌いながら日本国内やラテン諸国を回って新宿に店を構えた後、最後の恋をする。この辺について内容はあえて書かないでおくので是非読んで欲しいのだけれど、漫画と違って主人公が美しくなくてもラブストーリーが成立するのが小説なんだなあと。糖尿病との記述もあるので、小百合は田舎のいわゆる「オナベバー」にいそうな、太めの中年のFTMなんだろうと思うけれど、だとしても激しい恋物語の主人公たりうる。綺麗な女子ばかり出てくるビアン小説に飽きた人は是非。

 

なお、私はラテン音楽には全く詳しくない。「恋路すすむ」を読んだら頭の中にトリオ・ロス・パンチョスのラ・マラゲーニャが流れてきたが、それはビジーフォーのモノマネで、グッチ裕三が「丸ハゲ〜」とか歌ってるやつだった。もっと上の年代の人はトリオ・ロス・パンチョスが分かるのかもしれんが、私の年代ではすでにこのモノマネでしか分からない。オバサンは何でも知っているわけではないのだ。