L寄りBの本棚。

バイセクシャルだったけどだんだん男性に興味がなくなったレズビアン(L寄りB)がLGBTを題材にした小説や漫画について一丁前に語るブログ。

【単なる独り言】百合漫画に対する考察。

全然百合でも漫画でもないが、1984年に芥川賞を受賞した高樹のぶ子の『光抱く友よ』という小説がありまして。

 

優等生の主人公・涼子が不良少女の勝美と仲良くなって、色んな闇を見ちゃう、そして離れていく、という、それだけのお話なのですが、私は結構好きなんですね。こういう、間違いなく人生が交差しないだろう2人が友人になって、一体何が起きるか?ということを考えるのは非常に楽しい(案の定交友は終わるのですけど)。百合かどうかは関係なく一読をおすすめします。

 

百合漫画の世界では、あたかも『光抱く友よ』でいえば涼子みたいなのと勝美みたいなのがくっつく話が多いですね。それがなぜかは非常に分かります。総じて恋愛ドラマは、絶対くっつかないだろうという2人がくっつくとウケがいいのです。ありえないほど良い。なので、優等生と劣等生、超派手な子と超地味な子なんかが付き合い始めたりします。

むろん、これは同性愛の話だけではありません。例えば、超エリートの男性と、何にもできないおバカな女性が最終的には結婚したりするお話が腐るほどありまして、それがいつになっても無くならないのは上記法則のためであります(女性の願望の現れ、というのもあるかも)。

 

もし、私が超ドラマチックな百合小説(絵が描けないので)を書くならば、もっと2人の格差をつけようと思います。高偏差値のお嬢様女子高に通う医者の娘(美形)と、卒業するまでに3分の1くらい退学するようなダメな高校に通う貧しい家庭の娘(不細工)が恋に落ちる、みたいな。

…と書いて、「あかん、これじゃあどこにも接点が見いだせない!」「そもそもどこで知り合うんだ?」と悩ましくなってきました。じゃあせめて医者の娘(不細工)と貧困家庭(美形)にしようかと考えましたが、余計に接点がなくなってきたのです。

医者の娘(美形)と貧困家庭(美形)なら良いような気がしてきましたが、それだと普通にありそうで気に入らないのです、私が。どうしてラブストーリーは美男美女だけのものなんでしょうかね。

 

思うに、恋とは、相手の中に美を見つけることです。そうであれば、美女の中に美を見つけるのは容易いことで、想像力のない凡人にだってできます。不美人の中に美を見つけてこそ、本当の恋であり、想像力豊かな人の恋だと思うのです。

 

てなわけで、不美人が主人公の百合漫画が出てきたら私は応援したいんですが、多分描かれないだろうし、描かれたとしてもあまり読まれないでしょうね。なぜなら百合は(客観的に)美しくなければならないという前提があり、女性は美しいものが好きだから。リアルLに不美人×不美人が少なくなくても、フィクションの中は美しい人しか出てこないわけです。

 

かくて、百合漫画において恋に落ちる2人は、他の条件に差があったとしても顔面偏差値には大きな差がないのでした。